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摩奴良比売の実家を探せ

さて、今回は大山守皇子の2番目の奥さんである「摩奴良比売」について語りたいと思います。 土形氏系図に「遠淡海国造女〜云々」と書かれていたため、遠江国の国造家から大王への従属の証として差し出された姫…と思われてきたようですが、実は違うのです。 …

ワニ、拡散。

はいどーも、今回は散り散りになってしまった和邇一族について語ります。 都である大和を追い出された和邇の一族の皆さま。ある者達は山城国に隠れ住み、ある者達は大山守皇子と共に東国へ向かう。しかし、東へと進むにつれ、道中は厳しくなっていったのだろ…

伊勢神宮の祭神かも…?

お久しぶりです。なかなか話が進まなくて申し訳ないです。今回は、伊勢神宮についてです。 皆々様もご存知、伊勢神宮は内宮、外宮と2つの宮があり、内宮には「天照大御神」外宮には「豊受大御神」が祀られています。 しかし、元々のこの地の祭神は別の神様…

葛城さんちのツブラくん

だいぶ間が空いてしまいました。 約3ヶ月ぶりでしょうか… 今回は、大人になったツブラコくんを語ってみたいと思います。 土形のツブラコくんは、葛城のツブラくんになりました。 さて、葛城さんちで修行を する事になったツブラくんは、すくすくと成長しま…

葛城さんちと和邇さんち

葛城氏と言えば…始祖とも言える「武内宿禰」だろうか。 大山守皇子らの父「応神天皇」の忠臣として記紀に登場されてますね。 葛城氏の初代といえば「葛城襲津彦」さんです。武内宿禰のお子さんで、応神天皇の母「神功皇后」の頃から仕えていたとか… 対朝鮮…

土形さんちの事情

さて、視線をちょっと大山守皇子と摩奴良比賣の子供さんに移します。 土形氏の初代当主にあたるこの方… 「津布良古王」(つぶらこおう)おそらく、まだ小さな頃に母親と共に逃げてきたのでしょうね。そしてこの小さな王子を守る為に隠れ里を造った。それが「…

とっ散らかってます

だんだん怪しさを増していくブログになってきました… ここらで整理しておきましょう。・土形氏 第15代応神天皇の皇子「大山守皇子」の子孫。静岡県掛川市南部土方地区に本拠があったとされる。・土形里 遠江国と丹波国にあり、共に「羽衣伝説」を有する。・…

大山守くん親父の後継ぐの辞めるってよ

さてさて…高天神の羽衣伝説を解明したのはいいとして…また新たな謎が浮上したぞ… なぜ、羽衣伝説を残したのか?遠江国の土形里に移住したのは、反逆者大山守皇子の妻と子供だ。そんな場所に丹後半島の羽衣伝説に類似したモノをなぜ残したのか… 何を言いたい…

高天神城の謎〜いるはずの無い姫君〜

話が少し飛ぶが…我が故郷の唯一と言っても過言ではない観光資源が「高天神城」(たかてんじんじょう)という山城だ。戦国時代、武田vs徳川の合戦の舞台となった。 山としての正式名称は「鶴翁山」(かくおうさん)という。その昔、山の麓でひとりの翁が鶴を飼…

土形さんちの家系図

さて、「土方氏家系図」を手にしたもののどーしたものか…家系図を見てみると、最初はやはり応神天皇こと「誉田別命大王」次にその子供「大山守命皇子」そしてその子供「津布良古王」大山守皇子の子供について、古事記と日本書紀は一切語っていません。まぁ反…

きっかけ

ある日、本屋さんで見つけたのは「関裕二」という方の本でした。私としては、 古代史の入り口としてとても入りやすい玄関となっていただきました。主軸は、藤原氏の歴史改竄。この本のお陰でもう一度自分のふるさとを調べ直す気力が湧き上がって来たのです。…

初めてブログ…

はじめまして初ブログです。郷土愛から古代史に足を踏み入れてしまった経緯など、徒然なるままに書いていこうかと思っております。私のふるさとは、静岡県掛川市南部にある「土方」(ひじかた)という土地です。古くは「土形」と書きます。一見するとなんにも…