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土形さんちの家系図

さて、「土方氏家系図」を手にしたもののどーしたものか…

家系図を見てみると、最初はやはり応神天皇こと「誉田別命大王」
次にその子供「大山守命皇子」
そしてその子供「津布良古王」
大山守皇子の子供について、古事記日本書紀は一切語っていません。まぁ反逆者として描かれているので当然と言えば当然なんですけど…
この津布良古王の名前の横に小さな文字で何か書かれている。

母遠淡国海國造摩奴良比賣
                           隨母居住遠淡海土形里

ふ〜む…
お母さん、つまり大山守皇子の奥さんは「摩奴良比賣」(マヌラヒメ)ってゆーのか…
そんでこの「津布良古王」くんはお母さんと一緒に土形里に来たのかぁ…なるほど

さらに系図を辿ると「津布良古王」の子に「多支古王」(読み方わからず…)「黒日古王」(おそらくクロヒコオウ)
この黒日古王の横にも小さく[日置朝臣祖家居日置里]とある
そして「多支古王」の子に「佐々良王」「久爾古王」「加米古王」(読み方わからず)
この加米古王の横にも
[榛原公祖家居榛原里]とある

つまり
土形⇨日置⇨榛原
と氏族が派生しているのだ
ちなみに、上記の三つの地名は静岡県に揃って残っている。
さてさて、調べるものも手詰まりになりかけた…が、ふと…土方周辺の神社に伝わる創建伝承に何かヒントはないかと思いついた。
思いつくかぎり、伝承の残っている神社を調べみた。