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高天神城の謎〜いるはずの無い姫君〜

話が少し飛ぶが…
我が故郷の唯一と言っても過言ではない観光資源が「高天神城」(たかてんじんじょう)という山城だ。
戦国時代、武田vs徳川の合戦の舞台となった。
 山としての正式名称は「鶴翁山」(かくおうさん)という。その昔、山の麓でひとりの翁が鶴を飼っていたとか、山の形が鶴が翼を広げて伏せているように見えるからだとか…山名の由来はハッキリとはわからない。
  しかし、土方っ子なら誰でも知っている高天神城の悲しい言い伝えがあった。

 高天神城落城の時、武田方の姫が山頂にあった井戸にその身を投じて自ら命を絶った。

 というものだった。
 ところが、奇妙なことに文献等に高天神城に姫が居たという記録は無いという…第一、こんな山城で籠城するまで姫君が残って居たとは思えない。
  では一体この言い伝えはなんだったのか?

  地元周辺の神社をあらかた調べ終えた頃、思いつきでインターネット検索で何か出てこないかと試していた時、高天神城の謎の答えを見つけた。
  
 その答えの前に…
 「土方氏系図」の大山守皇子の妻について少し話をしておかなければならない。回りくどいと言われそうだが…なにぶん初心者なもので…

 古事記日本書紀に謀反人として描かれてしまった大山守皇子の奥さんの名前「摩奴良比賣」
 実はこの名前と同じ名前の方がいらっしゃいました。
  出雲神話スサノオの妻として登場するクシナダ姫です。
  記紀では、「クシナダ姫」「クシイナダ姫」とだけしか書かれていませんが、「出雲風土記」ではクシナダ姫の長い名前が残っていました。私は、これが本当の名前「本名」と言ってますが…

久志伊奈太美等与麻奴良比売命

「マヌラヒメ」
 同じ名前ですね。
 ちなみに、「マヌラ」を韓国語で訳すと「新妻」という意味になるとか…

さて話を戻して、インターネット検索で見つけたモノ…それは「羽衣伝説」でした。日本最古と言われている「丹後国風土記」の羽衣伝説の舞台は「比治山」
この山の麓にかつて「土形里」があったのだとか。

ある日、比治山の山頂にある真名井に8人の天女が舞い降りて沐浴をしていた。それを偶然見かけた老夫婦が、天女のひとりの羽衣を隠し、天に帰れなくなった天女を我が家の子供としてともに暮らした。天女のおかげで田畑は潤い、生活も豊かになった。にもかかわらず、なぜか老夫婦はその天女を追い出してしまう…

だいぶ割愛するが、この老夫婦と天女が暮らした土地が「土形里」と名付けられたという。

さて、お気づきだろうか?
 キーワードが3つ
 「8人の天女」「井戸(真名井)」「土形里」
   クシナダ姫は確か8番目の姫でしたね。
 そうなんです、高天神城の謎、居るはずの無い姫君の伝説は実は、羽衣伝説だったんです。口伝のみで伝えられてきた伝説は長い時を経る中で内容が変化してしまったのです。
 ひょっとして…こっちの伝説の方が古いのでは…?
 
それにしても、口伝のみでよくぞ残ってくれていたものだ。