葛城さんちと和邇さんち

  葛城氏と言えば…始祖とも言える「武内宿禰」だろうか。
  大山守皇子らの父「応神天皇」の忠臣として記紀に登場されてますね。
   葛城氏の初代といえば「葛城襲津彦」さんです。武内宿禰のお子さんで、応神天皇の母「神功皇后」の頃から仕えていたとか…
   対朝鮮半島外交の外交官的なイメージが強いですね。
  さて、この葛城襲津彦さんの娘「磐之姫」が、大山守皇子の兄弟で王位を争った「仁徳天皇」の奥さんとして記紀に登場しますが…何と言っても有名なのが、彼女の嫉妬心。夫である仁徳天皇が新たに妃を迎えるとわかると「実家に帰らせていただきます‼︎」と言って別居を強行した激しい気性の持ち主…とよく言われていますが、私は全く違うと考えてます。
   私説の通り大山守皇子が正当な皇太子ならば、後々の「大后」として後ろ盾に強い一族を選んだはず…つまり、磐之姫は元々、皇太子大山守皇子の妻であった。葛城氏と和邇氏は同盟関係にあったのだ。
   しかし、後の仁徳天皇である「大雀皇子」のクーデターによりその立場は一変した。
   なぜ大山守皇子を討ち、磐之姫を生かしておいたのか?
   ねらいは、葛城氏が本拠を置く「葛城山」だ。仁徳天皇が都を置いた「河内国
   「河内王朝」などと呼ばれていますが…その背後にそびえるのが葛城山。大雀皇子は、この葛城山を押さえておかなければならなかった。
    権勢を誇っていた和邇氏を追い落とすと同時に、葛城氏をも落とすにはリスクが高かっただろう。ならば…と葛城氏を取り込もうと画策したのだ。
    これは、私の妄想に近いが…
    大雀皇子は朝鮮半島に働きかけ、大和から葛城襲津彦を派遣せざるを得ない状況を作り出した。そうして手薄になった葛城と和邇を攻めたのだ。
   磐之姫は、父親が留守中に選択を迫られた。葛城を守る為に大雀皇子に従うか、同盟関係にある和邇と道を共にするか…
   磐之姫は葛城を守る為に大雀皇子に従うことにしたのだ。
   
山形県の七所明神の伝説には「大山守皇子は皇太子の地位を放棄して東国に下った」とある。おそらく、大山守皇子は戦いを避け一族総出で大和から逃げたのではないか。
   しかし、大和からは離れられないという者も居ただろう。その者達を葛城に預けたかもしれない。その筆頭が大山守皇子(菟道稚郎子)の妹姫「八田皇女」ではないだろうか?

  磐之姫は、 大山守皇子に妹姫を任されひた隠しにして守っていた。しかし、大雀皇子にその居所がバレてしまった。

   磐之姫は都が置かれた河内を飛び出し、実家である葛城へと向かう。わざわざ奈良山をぐるっと回って遠回りをして…途中で歌を詠んでいるが、もうそれら全てが当てつけのようにさえ思えるのだ。

   磐之姫は八田皇女を守ろうとした。しかし、仁徳はそれを許さず和邇氏の者を迫害した。それが伝令役として遣わされた和邇の口子なる人物。

   磐之姫が八田皇女と共に逃げた先の宮居の目の前で、見せしめの如く一族の者が傷めつけられれば…見て見ぬフリなどできないだろう。

  あくまで、私の妄想混じりの想像ですが…無いとも言い切れない話です。


  そういえば…津布良古王くんのホームステイの話を忘れてました。

  前置きが長ーくなりましたが、大山守皇子の息子の津布良古王くんは、お父さんの元奥さんの磐之姫さんを頼って葛城へとやってきたわけなんです。この時点でまさか葛城氏の首長になるとは思って無かったと思いますが…いや〜人生どこでどーなるかわからんもんですね。