神の名は〜土からの藤〜

 だいぶ前の投稿でしたが、土方を「ひじかた」と読ませる特殊性についての疑問をほんの少し語りました。覚えておられるでしょうか?

 …私めは…情けないことに少々忘れておりました……ネタが飛び飛びで申し訳ないです。

 

 まず「土」がなぜ「ひじ」と読むのか?

 「土師氏」の「はじ」からの転訛である。というのが最有力説と思われていますが、もう一つ別方向からの見解もあり、そちらをまずご紹介いたします。

 それは…

    「はに」→「はじ」

 「はに」とは土のことです

 そして、ここからもう少し発展させると…

 「はに」→「わに」→「和邇

 と転訛していくパターンもあるという説もあるようです。

 なにを言いたいかと申しますと、「土」の一族と「和邇氏」は同じ線状にあると言う事です。

 

 そして、「はじ」→「ひじ」→「ふじ」へと転訛をしていったのだと私めは考えているのです。

 以前、富士山の名前の由来について語りましたが…「比治山」=「ふじ山」に思い至った要因の一つに、比治山の羽衣伝説の主人公「豊受大神」の存在があります。

 この豊受大神を奥宮、真名井神社の御祭神として祀るのは、元伊勢籠神社であります。日本最古の系図を有する事で有名なこの神社は、昔話の浦島太郎の故郷としても名を馳せております。しかし、お話したいのはこれまたそこではなく…。

 籠神社の奥宮「真名井神社」に伝わる御祭神「豊受大神」についてです。

 伝承によると、真名井神社御神体は真名井から湧き出ずる水。そして豊受大神の御尊顔は「藤の花」だというのです。

 以前はホームページにも載っていたこの伝承は、なぜか今現在ホームページからは消滅しています。

 何故でしょう…謎です。

 

 「藤(ふじ)」は「土(ひじ)」からの転訛で、藤の花は羽衣伝説の主要人物である豊受大神そのものと言ってもいいモノです。そのせいだろうか?土方地区には「藤田」姓の家が多い。「ふじた」も「ひじかた」が訛ったものだろうと私は思う。

 ここで疑問を抱いた方はいらっしゃるだろうか?

 そう「藤」と出たら「藤原氏」を思い浮かべる人がほとんどだろう。しかし、以前にも語ったが藤原氏こそが歴史改竄の主謀であり実行者だ。つまり「藤」は奪われたのだ。

 ちなみに、藤原氏と関わりのある姓は「伊藤」や「加藤」など、「藤」の字が後ろについている姓である場合がほとんどらしい。「藤田」「藤木」「藤井」などは藤原氏との関わりは無く自然発生的に作られた姓であると考えられてきました。しかし「藤田」に関しては、「土方氏」から派生した「日置」「榛原」とは別のもう一つの派生氏族ではないだろうか?私にはそう思えてならない。

 更に、藤田に次いで多い氏名が「角替」だ。「角皆」という氏名もあるが。「つのがえ、つのがい」と読む。この姓のルーツは、福井県の「敦賀」にあると私は考えています。

 敦賀は、古くは「角鹿(つぬが)」と書き、記紀にも記されている。港があり、朝鮮半島から渡来してきたといわれる「ツヌガアラシト」の伝説もある。

 そうです。「つぬが」→「つのがえ」と転訛したのです。そして土形氏は元々は和邇氏という海人族。和邇氏は日本海側の海洋ルートに強い一族でした。 

 「藤田」「角替」姓が多く点在する土方地域の入山瀬という地区には、小字に「椿」という地名があります。椿は海洋民族にとって重要な植物で、椿油は舟造りに欠かせないものでした。その為なのか、海岸線付近には「椿」の字が付く地名が多いのだとか…そのうちのいくつかの地には和邇氏の痕跡があったとかで、和邇氏が椿を意図的に植えていたのではないか?とも…。まあ若干のこじつけ感はございますが、全く違うとも言い切れませんよね。

 

 少々脇道へ逸れてしまいましたが、「土」から 「藤」へ転訛し、「ふじ」とは「ふし」

 つまりは「不死」を意味する言葉でもある。

 「ひじかた」とは「ふしのかた」→「不死の方」という意味を含ませているのかもしれない。

 そして藤原氏は、「不死」の意味にあやかろうと「藤」の字を奪い「土形」を徹底的に歴史から消そうとしたのかもしれない…

 

   さてまたまた話が少し逸れます。そんなんばっかり…とおっしゃらないでくださいね…

 

  掛川の特産品の一つに「葛布」というものがあります。見た目は地味かもしれませんが、植物の「葛」の蔓から繊維を取り出し作る貴重な物です。

 この原料の「葛」

 昔はこの「葛蔓」と「藤蔓」は同じ物だと思われていたそうです。まあ流石に全く同じ植物だと思っていたかと言うと…違うと思いますが…ただ、自生していた葛蔓と藤の若い蔓を間違えた可能性はあります。更に繊維を加工した際に2つの植物の繊維が似ていた為に同じ種類のモノと勘違いしたのかもしれない。

 なにが言いたいのかと言いますと…藤と葛。土(藤)形氏(和邇氏)と葛城氏。2つの氏族を繋げたのは「津布良古王」(葛城の円大臣)なにやら深い縁を感じます。

 ひょっとしたら、藤=葛という考えも古代人が歴史上のことを暗に表現していたのかもしれませんね。…あくまで私めの憶測ですが…

 

今回はこれにて…では、また