神々の愛児

 暑いですね。暦のうえでは秋らしいですが、暑いです。熱中症には十分に注意したいと思います。暑いです…

 

 

 さて、またまたいきなりですが…

    私には娘が1人おります。

 

 娘は発達障害で『自閉症』です。

 私めが「土形」について調べ始めたのは、娘が生まれるずっと前からでしたが、娘が自閉症と診断されてから気になっていた事がありました。

 それは…

 古代においての障害者について。

 身体障害に関しては、生まれつきの先天的なモノもあったでしょうが、戦争や病等で後天的に障害を持つ人も居たでしょう。しかし、発達障害は主に先天的なモノで、その多くは原因不明です。そして、障害の度合いも人によって違います。もちろん、現代と同じく身体障害と共に発達障害を持つ二重障害者も存在したと思います。

 現代であればこそ、様々な社会的支援を受けて生活していけてますが、これが古代であったなら…一体どんな生活を送っていただろう…とそんな事を時折考えてしまいます。

 そして、ふと思い出したのです。記紀にも、出雲風土記にも、実は発達障害を表しているのではと見られる記述がある事を…

    記紀で言うと、垂仁天皇と佐保姫の子「ホムツワケ皇子」

 出雲風土記で言うと「アジスキタカヒコネ」

 どちらも発語がかなり遅かったと言うエピソードがあります。アジスキタカヒコネに至っては、泣き出すとなかなか泣き止まず、あやすために梯子を登ったり降りたりさせていたとか…

    発語が遅く、同じ行動を何度も繰り返すのは発達障害の特徴と一致しています。故にこの2名は発達障害であったのではないか?と考える研究者の方も居たそうです。

 もちろん、本当に発達障害のことを記しているかは定かではありません。垂仁天皇の皇子「ホムツワケ」のエピソードは「呪い」として描かれていますし…。

 しかし私は思うのです。

 国の歴史書であり、天皇を持ち上げるための国書であるならば、輝かしい活躍を多く表現すればいいはずでは?

 確かに、天皇をヨイショしてばかりのエピソードでは嘘っぽくなってしまうだろうが、かといって登場人物が幼子のような行動をするエピソードが必要だろうか?

 答えはもちろん「必要」だった。です。

 なぜ必要だったのか?それは…その存在を知らしめたかったのではないか…と私は思うのです。

 出雲風土記にはアジスキタカヒコネの事を指して「神々の愛児」(かみがみのまなご)という表現を使っています。私の娘もそうですが、重度発達障害の子達は精神年齢が実年齢よりも幼い事が多いです。それ故に古代では「神々に最も近い子供の心のままで生きる人」という意味で表現されたのではないだろうか。

 生と死に最も近いのは「子供」と「老人」

 その神秘性に近いと思われたのではないでしょうか。

 更に言えば、発達障害者の中には、得意分野に特化して脅威の記憶力を有する者も多く居ます。その最たる例が「サヴァン症候群」を持つ者です。時折、その存在を思い出したかのように映画やドラマに、サヴァン症候群を持つ自閉症の登場人物が出たりしてますよね。

 彼の者達は1度見聞きしたモノを全て記憶する。或いは優れた演算処理能力を発揮する。しかし、それ以外の事に関しては常人より劣ってしまうことも…

   さて、何が言いたいのかと言いますと…

   古事記序文に登場致します「稗田阿礼」という人物。この者こそがサヴァン症候群を持つ人物だったのではないか?という事です。いえ…正確には「この者達」でしょうか。

 

 古事記序文

 歴史好きな方には有名な話でしょうが、古事記の序文には様々な疑惑が挙がっているそうです。

 この序文は、古事記成立のずっと後に作られた。

 稗田阿礼という人物は存在しない。

 等々

 

 古事記序文には

 

稗田阿礼という人物は一度見聞きしたものを全て覚えることができる。この者に、帝紀、旧事を覚えさせよ」と天武天皇の命が下ったが、それが中断されていたので再開させ、私、太安万侶稗田阿礼から聞き取り書き起こした。

 

 というようなことが記されております。えー…申し訳ございません。わかりやすくする為にかなりザックリとした文章になっておりますが…古事記序文の原文が気になる方は、各自検索してください。

 さて、それではなぜ古事記序文に疑惑が持ち上がるのか?

 それは「稗田阿礼」という者が何者なのかわからない、という事に尽きると思います。

 年齢らしき数字は記されているのに、名前からは性別も役職も全くわからない。

 しかし、先程も申しました通りこの人物が「サヴァン症候群」を持つものであったのなら…更に申しますと、記憶力に長けた者達が集団として存在していた…つまり、発達障害者達の中でも特に記憶力に特化した者を集め、訓練を行い、「語り部」としての集団を確立していたのではないだろうか?

 「語り部」とは、各部族などの生い立ちや成り立ちを語り継いでいく存在であり、それぞれのムラやクニの中で記憶力に長けた者が担ってきた役割でもあった。そんな「語り部」を役職として発展させたとしたら…

    「語り部」集団としての名前が「稗田阿礼」ならば、性別も官職も無いのも納得できる。

 

    正直なところ、ほぼ私の想像です。むしろ願望かもしれないです…

    今回はここまでにいたしましょう

 では、また…